わずか8年で休止した“幻の電車” 手柄山平和公園に眠る
前編では、姫路市立水族館の新館エリアを中心に、身近な生き物たちを楽しみながら館内を散策しました。
そして新館の展示フロアから扉をくぐって、突然現れるのが……。
なんと、本物のモノレール!
水族館を見に来たはずなのに、なぜか昭和レトロなモノレールが停まっている。
前編でも少し触れましたが、今回はこの旧姫路モノレールを中心に、手柄山という場所の歴史についても見ていきたいと思います。
調べてみると、ここには1960年代の姫路が描いた、かなり壮大な「未来」の姿がありました。
まるでタイムスリップ!旧姫路モノレールの車両
新館からさらにスロープを進んでいくと、目の前に現れるのがこちら。
かつて姫路市内を走っていた、姫路市交通局モノレール線の実物車両です。
正面には「祝 開通」の飾りが掲げられています。
今ではすっかりレトロな雰囲気ですが、開業当時は最新鋭の交通機関。
この車両が未来の乗り物として登場したと思うと、ちょっと不思議な気持ちになります。
さらに興味深いのが、車両だけをポツンと展示しているわけではないこと。
車両の周囲には、駅のホームらしい設備が残されています。
ホームには木製のベンチや時計、時刻表、昭和レトロな広告看板などが並んでいます。
こうして見ると、まるで当時の駅がそのまま残されているような雰囲気です。
木製ベンチに腰掛けて、時刻表を眺めていると……
「当時の人はこんな感じで駅でモノレールを待っていたんだろうな……」
そんなことを想像してしまいます。
この時点では、私もまだこの場所が持つ意味をちゃんとは分かっていませんでした。
1966年、手柄山に誕生した「未来都市」
せっかくなので、モノレールについて詳しく見ていくことにします。
展示されているパネルによると、姫路モノレールが開業したのは1966年(昭和41年)5月17日。
この年、手柄山では「姫路大博覧会」が開催されていました。
モノレールは、その博覧会の会場へ来場者を運ぶ交通手段として、姫路駅と手柄山駅の間を結んでいたそうです。
つまり、単純に「新しい交通機関を造ろう」という話ではありません。
手柄山一帯を大きく整備し、そこに博覧会の会場をつくり、さらに姫路駅からモノレールで人を運ぶ。
今の感覚で考えても、かなり大規模なプロジェクトです。
当時の姫路にとって、手柄山はまさに未来を見せる場所だったのでしょう。
こんな場所だったの?1966年の手柄山
そして、その当時の様子を分かりやすく見せてくれるのが、こちらのジオラマです。
1966年当時の姫路大博覧会の会場を再現した、かなり精巧なジオラマ。
手柄山の地形を生かして、さまざまなパビリオンや施設が配置され、その間をモノレールが走っています。
これを見ていると、
「当時の手柄山って、こんなに大規模な場所だったのか!」
と驚かされます。
現在の手柄山は緑が多く、落ち着いた公園という印象があります。
ところが、1960年代にはここに未来的な施設が並び、たくさんの人が訪れる一大イベント会場になっていたわけです。
前編で連絡通路を歩いているとき、
「洋風のお城みたいな建物があるな」
「なんだかテーマパークみたいだな」
と感じたのですが、このジオラマを見て、その印象が少し分かった気がしました。
現在の手柄山に残る独特な建物や施設の背景には、こうした時代の大規模な開発があったんですね。
そして気づいた。「ここ、本物の駅だったんだ」
ジオラマを眺めながら当時の手柄山の様子を知っていくと、ふと気になることが出てきました。
「そういえば、さっきから駅の設備がずいぶんリアルだな……」
木製のベンチ。
時刻表。
時計。
そして、モノレールが停まっているホーム。
そこで改めて周囲を見てみると……
「……あれ? もしかして、ここって昔の駅そのものなんじゃ?」
調べてみると、やっぱりそうでした。
現在モノレールが展示されているこの場所は、かつて実際に使われていた「手柄山駅」のホームだったんです。
最初は「昔の駅を再現した展示」だと思っていたんです。
ところが、そうではありませんでした。
実際にモノレールが発着していた場所に、当時の車両が保存されている。
そう考えると、先ほどまで見ていた木製のベンチや時刻表の意味まで変わってきます。
ここで本当に人々がモノレールを待ち、車両に乗り込んでいた。
そう思ってもう一度ホームを眺めてみると、先ほどよりもずっとノスタルジックに感じられました。
未来の乗り物だった姫路モノレール、なぜ廃止された?
こうして見ると、姫路モノレールはかなり華々しいスタートを切った交通機関だったことが分かります。
ところが、その後の歴史を見てみると、意外な結末を迎えることになります。
姫路モノレールは1966年に開業しましたが、1974年に運行を休止。
そして、そのまま再開されることなく、1979年に正式に廃止されました。
わずか十数年どころか、実際に営業していた期間は8年ほど。
なぜ、これほど短い期間で廃止されてしまったのでしょうか。
大きかったのは、やはり姫路大博覧会の終了です。
もともと博覧会への輸送という大きな役割を担っていたモノレールでしたが、博覧会が終わると、その利用者も大きく減少。
さらに、当初構想されていた路線の延伸も実現せず、日常の交通機関として定着することができませんでした。
開業当時は「未来の乗り物」として期待されたモノレール。
しかし、その未来は思ったよりも早く終わってしまったのです。
また、モノレールもしばらくは処分も困難だったためか、この手柄山のホームの外に長年放置されていたようです。
それが2008年頃からこの建物の耐震化工事を行い、モノレールを一般公開する流れになったそうな。
長年雨車体は風にさらされ、車内にはホコリが大量に積もってたんでしょうが、今ではこんなにピカピカになっています。
華やかな「未来」の、その後
1966年には、多くの人を乗せて手柄山へ向かっていたモノレール。
それから半世紀以上が経った今、その車両は静かにここに佇んでいます。
当時のホーム。
木製のベンチ。
時刻表。
そして、モノレールの車両。
もちろん、もうここをモノレールが走ることはありません。
でも、こうして駅と車両が残されていることで、当時の手柄山がどんな場所だったのかを想像することができます。
「未来の姫路」を目指して大きく開発された手柄山。
その夢が終わったあとも、モノレールはこうして当時の姿を伝え続けています。
水族館に来たはずが、手柄山の歴史を歩いていた
今回、最初は単純に、
「姫路市立水族館へ行ってみよう」
と思って訪れました。
前編では身近な生き物たちを見て、
「子どもたちが楽しめる、親しみやすい水族館だな」
と思っていたのですが、後編に入ってみると、話は思わぬ方向へ。
水族館の中にあるモノレール。
そこから見えてきた手柄山駅。
さらに、その背景にあった姫路大博覧会と大規模な開発。
そして、その象徴だったモノレールが短い期間で役目を終えたという歴史。
水族館を見に来たつもりが、気づけば姫路でかつて行われた大開発の歴史と、その後の姿を見ていた。
これが今回の訪問で一番面白かったところかもしれません。
前編で感じた「なんだかテーマパークみたい」という手柄山の独特な雰囲気も、こうして歴史を知ると少し納得できます。
そして、まだ見ていないのが姫路市立水族館の本館エリア。
ここからは再び水族館に戻り、今度こそ本館の生き物たちを見ていきたいと思います。
次回は、本館エリアの展示や屋上など、もう少し水族館そのものを楽しんでいきます。