築90年以上の重要文化財で造られる泡盛
大通りから少し細い道を入って行った町並み。
車1台が通るのがやっとの道の先。
コンクリート塀に囲まれたその場所は、戦前からずっと時間が止まっているような錯覚すら感じます。
築90年以上前から建つ古民家で、今でも手作業で泡盛を作っている酒造の建物です。
予約をせずに飛び込みで入ってみたのですが、「悪い!今担当が昼休憩だから。13時には帰ってくるから案内できるよ。」と。
建物から出てきた人から言われたので、それなら車の中で待ってよかと。
他にどこに行こうかスマホをいじっていると、担当の人が歩いてきて今から案内できると言ってくれました。
どこか沖縄の方らしくない雰囲気を纏ったその人は、聞けば元々は東京で営業をしていたんだとか。
これが営業トークというやつか!!
的確で明確で、無駄のない建物説明がマシンガンのように繰り出され、興味がグイグイ引き寄せられます。
この建物は重要文化財になってるそうですが、沖縄県で重要文化財になっている古民家はここを含めて2件しかないようです。
また、この津嘉山酒造のように重要文化財になる前の用途から変わらず利用されている建物はここだけなんだとか。
不具合が出たらその都度修復を繰り返してきたこの建物は、まさに生きているって感じますね。
国はこの柱や梁が劣化し危ないので、全部挿げ替えて修復するよう指導したらしいです。
そんなことしたら泡盛が作れなくなる!と酒造の方が大反対してことなきを得たそうですね。
つける年に寄っては当たり年、外れ年があるんだとか。
個人的には毎年出来が違うことも楽しみの一つではないかと思いますね。
ある種アナログの楽しみというか。
ちなみに私が冒頭書きましたが、この場所だけが戦前から時間が止まったかのように見える。
実はこの建物以外の建物は戦争時に全て壊されてるんです。
戦後すぐの空中写真を見たりすると、見事にこの建物だけが残ってるんですよね。
ではなぜ、この建物は戦果を逃れることができたのか。
OFFICER QUARTERS=士官棟と書かれていますが、この建物は戦後、米軍に接収され、士官用の事務所として使われたのです。
つまり、米軍はこの周辺で一番大きなこの建物を戦後に利用したいがために、空襲などでこの建物を標的から外したのではないかということです。
そして、酒造ですが、当然戦後は泡盛などは作れません。
ですが、同じく酵母を使うパン工場としてその設備が利用されたのです。
ある意味そういった奇跡的な事象により、この建物は残ったわけですね。
伝統的な沖縄住宅にない設備が大きく2つあり、その一つがこの玄関です。
そう、昔の沖縄の家には玄関がありませんでした。
みんな縁側から「どうも〜」と入ってきます。
もう一つは風呂です。
沖縄の住宅には風呂はありましたが、それは全て離れにありました。
この津嘉山酒造は本宅に風呂場があります。
それは泡盛を作る際の蒸留の熱を利用するための工夫でもありましたが、とても珍しい様式の住宅でもあるんですね。
そう言った意味でもとても貴重な建物なのです。
ここの酒造は国華と言う名前のお酒しか作ってないのですが、39度と43度のお酒があります。
また、3年古酒と10年古酒などありそれらの飲み比べができるのでとても楽しいです。
まぁ、私は運転手なので一滴も飲んでないんですけどね。
1本は度数43度の国華。
古酒は高いので普通のをまず1本。
そしてもう1本。
案内してくれた方のお勧めの「六論(りくゆ)」と言うお酒です。
ただ、売り場に一升瓶がなかったので、在庫はないのか尋ねたら「ちょうど詰めてこれからラベルを貼るやつならあるけど」とのこと。
これは幸い!!
ならラベルを貼るところを見せてください!と言ったら快く了解してくれました。
まさに出来立ての瓶を貰ってきました。
こいつはしばらく寝かせて古酒にしてから飲むのもいいんだとか。
毎年ちびちび飲んで味の変化を試してみてもいいかもですね。
とてもいいお土産ができました。
割らずに持って帰れるかホテルに帰ってから検討です!
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