2013/02/04

Hasselblad 500C  ?唯一無二の中判カメラ?

 Hasselblad 500C


でき太スタッフゆうのひとりごと



ゆうのブログ
その信頼性故に多くのカメラマンに支持され、月へも行ったカメラ



今回はゆうの持ってるカメラ”Hasselblad(ハッセルブラッド) 500C”を紹介していきます。

どこで知ったかはわかりませんが、ゆうがカメラを趣味とする前からこの名前自体は知ってた気がします。
ですが、どんなカメラか意識しだしたのはフィルムカメラ、特にクラシックカメラに興味を持ちだしてからです。

クラカメを求めていろんな店舗を回りましたが、クラカメの置いてある店になら大概置いてあります。
それもショーケースにキレイに並べられ、店によっては一番見えやすい真ん前に。

個人的にカメラというのは一眼レフや二眼レフ、レンジファインダーのような形のカメラを想像していましたので、妙に四角いそのカメラは一体何者なのだろうといつも気になっていました。



でき太スタッフゆうのひとりごとそのカメラの名前はハッセルブラッド
個人的にはなかなかいい名前だと思っています。
一度聞いたら、耳に残る。
そんな響きのする名前です。

店で売られている値段は、そこまで安くありません。
むしろ高級機と言えるでしょう。
しかし、フィルムの生産が次々と打ち切られ、銀塩カメラ自体が衰退している現在において、このような価格が付くということは、それだけこのカメラの価値を認めている人がまだ大勢いるということです。


でき太スタッフゆうのひとりごとハッセルブラッドの生産国はスウェーデン。
物づくりの国としては、あまりイメージがわかない国かもしれません。
いわゆる北欧と呼ばれる国の1つでありますが、ゆうの周りにあるスウェーデン製のものと言えば、IKEA製品くらいですかね。
でもあれも、店はスウェーデンですが製造は中国などですし。

そんなあまり馴染みのない国で生まれたこのカメラ。
一体どんなカメラなのか。
いろいろと調べているうちに、いつの間にかゆうはすっかりこのカメラのファンになっていました。






ハッセルブラッドの歴史~
Hasselbladの生みの親、
フリッツ・ヴィクター・ハッセルブラッドFritz Victor Hasselblad)は
1906年にKarl Erik Hasselbladの息子として生まれました
彼の父親、
Karl Erik Hasselbladはカメラ会社「Hasselblad's Fotografiska AB」の社長であり、もともと内気で写真撮影が趣味のFritz Victor Hasselblad にカメラ製造を実地にて学ばせるために、
ドイツのドレスデンに送り、以降彼はドイツ、フランス、アメリカのカメラ工場、フィルム工場、現像ラボ、カメラ屋などで働いていくこととなります



しかし、働いていくうちに得た専門知識などが原因で、父親の摩擦が多くなり、彼は1937年に自分の会社「Victor Foto」を設立しました


第二次世界大戦が始まると、ドイツからの輸入がストップし、スウェーデン軍は軍用カメラの調達に難儀します。
これは他の国も同じ事で、このとき多くのドイツカメラのコピー製品が作られることなりました。

スウェーデン軍は、あるとき撃墜されたドイツ軍航空機から搭載されていた航空カメラを入手。
それをスウェーデン国内最大のカメラ輸入会社の身内である
フリッツ・ヴィクター・ハッセルブラッド元へ持っていきます。

軍部はこれと同じ物をフリッツに作ってくれと依頼しますが、彼は「いいえ、しかしもっといいものなら作れます」と答えたと言います。

そして、1942年に
航空用HK7型7×9cm判レンズシャッターカメラを製造し、1948年に一般向けに
1600F型を売り出し、世界に名だたる最高級6×6cm判カメラの地位を獲得することとなるのです。

 


<そもそも中判カメラって何?>


でき太スタッフゆうのひとりごとカメラに興味がない人にとって、中判カメラとか35mm判カメラとか言ってもピンとこないと思います。

簡単に言うと、~判というのはフィルムの大きさのことです。
大きく分けて、大判、中判、
35mm
判とありますが、実際細かく見ていくと結構種類がありますので今回は省きます。

判は右にあるようにちょっと大きめのフィルムを使いますがその呼び方いろいろあって、120フィルムとか
ブローニーフィルムとか。

でき太スタッフゆうのひとりごとまぁ、フィルムにはいろんな規格があって使うときは注意しようって感じに思っていただけたら幸いです。
一般的によく知られているのが、135フィルムと呼ばれている写真左のものでしょう。
パトローネと呼ばれてるケースに入った形で使われてます。

フィルムが違うとどうなるのかって思う方もいるかもしれませんが、フィルムとはカメラにとって絵を書くときのキャンバスのようなもの。
それが大きいとより繊細な描写ができるのです。






<ハッセルブラッドは何が優れているのか?>


なぜ、半世紀にも渡りハッセルブラッドが評価され続けてきたのか。
それはハッセルブラッドの作りに理由があると思います。

1957年に発売した私の持っているHasselblad 500Cに始まり、ハッセルブラッド 500系のカメラはその先半世紀以上大きな仕様変更をせず、製造され続けてきました。

それは、Hasselbladのカメラとしての完成度が高かったことだけでなく、その性能ものカメラに比べ一歩秀でたものだったからでしょう。



*左からレンズ、ボディ、マガジン 
でき太スタッフゆうのひとりごとそして、Hasselbladの最大の特徴とも呼べるのが、カメラのパーツ構成です。

主にレンズ、ボディ、マガジンに分けられいろんな状況に応じて様々な交換が可能となっています。

特にフィルムが入るマガジンをボディから取り外せる形を撮っているため、フィルムを撮り終え無くても、別のマガジンと交換することで違うフィルムでの撮影ができるのはありがたいですね。

レンズは名門カールツアイスの物を使用しています。







各部紹介
そして各部紹介です。

 *前面*

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   *側面

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 *後


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私の持っているモデルは”Hasselblad 500C”というもので、ハッセルブラッドVシステム言うグループに属します。
その中の500Cシリーズの記念すべき1つ目の機種で、1957年から販売がスタートしました。
モデルが変わるにつれ、細かい仕様は変更がありましたが、スタイルが大きく変わることはなく、1997年に発売した501CMでもその姿は健在です。

500Cシリーズはレンズにシャッターを設けており、ボディの巻き上げダイヤルを回すことにより、マガジンのフィルムとレンズのシャッターが巻き上げられる仕組みになっています。


先に説明した通り、主にレンズ、ボディ、マガジンの3つのパーツに分けれることができ、いずれかが壊れても別のと取り替えることで、続けて使用することが可能なのです。
 


 

ハッセルブラッドは使用するとき、いくつかのお約束があり、これを守らないとカメラを破損させてしまう恐れがあります。
まぁ、昔のカメラにはよくあることですね。
万が一、壊してしまっても今でも修理することはできると思いますが、高い修理費がかかるので、できれば使う前によく復習しておいてから、使用するのがいいですね。

今回は長くなるので使い方までは説明しませんが、また機会があれば説明しましょう。



そして最後にレンズの紹介です。



Carl Zeiss Planar 80mm f2.8


でき太スタッフゆうのひとりごと


Hasselbladはドイツの名門カール・ツアイスのレンズを使用しています。
その中でもこのプラナー 80mmはいわゆる標準レンズ、入門用といった感じでしょうか。

判カメラはフィルムが大きいため、必然的に焦点距離も大きくなってしまい、レンズ自体も大きくなってしまいます。

プラナー 80mmも通常の35mm判ですと中望遠程度のレンズとなりますが、中判にとってはこれが標準。
35mm判換算でいうと50mmレンズと同じくらいのものになります。

ちょっとややこしいですね。

この80mmのプラナーもいくつか種類があるのですが、ゆうの持っているのは白のT*コーティングのされていない、レンズ7枚構成のものでしょうか。

シリアルナンバーで調べたら一番確かなはずです。



でき太スタッフゆうのひとりごと



わりとキレイなレンズです。
ほんとはレンズフィルターも付けたいのですが、ポンとその辺に売ってるわけでもなく・・・。
ぁ、大切に使っていこうと思います。




最後にちょっとした豆知識を書いて終わりたいと思います。
Hasselbladにはレンズ、ボディ、マガジンにシリアルナンバーが付けられているわけなのですが、その中でもボディとマガジンはシリアルナンバーを見るだけで、どの年度の製品か分かります。


Hasselbladのシリアルは


CE1234567

というように最初の2桁にアルファベットが入ります。


この2桁のアルファベットはそれぞれ、西暦の下2桁を表しているのでここを読むことでどの年度に生産されたか分かるわけです。


そしてこちらがその表です。

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上で出した例で言いますと、CEなのでC=5、E=9となり、1959年に生産された製品であることが分かります。


私の持っているものは、ボディ、マガジンともにTUと書かれていました。
つまり、T=6、U=7ということで1967年に生産されたものだということです。


500Cは1957年から1970年に次のモデルである500C/Mが販売されるまで生産されていましたから、私の持っているのは割りと後期に生産されたものであることが分かります。





と、いうわけで今回のカメラ紹介はこの辺にしときます。


魅惑の中判カメラHasselblad”。
いったいどんな写りを見せてくれるのか楽しみにです。

実は1本撮り終えたフィルムがあるのですが、なかなか現像に出す機会がなくまだ手元にあります。

できれば、早めに現像に出したいのですがその際はフィルムスキャンも同時にやって欲しいのですよね。
でも、中判のフィルムスキャンをしている店となるとまた数が絞られてきます。


いろいろ探して早く、出来上がった写真を見てみたいですね。








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