年をとるにつれ物事の趣向が変わるというのはよくある話。
食べ物の好みが変わったり、まったく違った方向性の趣味に目覚めたり・・・。
音楽についてもそれが言えることは言うまでもないだろう。
今日はそんな感じ、とある”曲”の話。
私にとっていつも聞く曲というのは、前にブログの”ラジオの話”で少し話したが中学時代にラジオから流れてた曲が原点にあるといって過言ではない。
そのころに気に入った曲はいつまでも飽きることなく、というより聞くたびにその時を思い出せる思い出の曲なのだ。
そんないつも聞いてるアーティストの中に「BUMP OF CHICKEN」というバンドがある。
どちらかと言えば、中高生に人気なバンドだろう。
私が初めて知ったのは中学校の給食の時間のBGMで流れてる曲からである。
小学校、中学校といえば放送委員がいて、給食の時間とかにいろんな曲とかを流すのが全国的に標準だと思うが、たまに変な曲を流してお叱りを受けるのもお約束。
私が中学のときは、ブリトラ(ブリーフ&トランクス)の「ハゲの歌(小フーガハゲ短調)」を流して、全校アンケートが取られるという問題になった。
まぁ、そんな話はさて置いて「BUMP OF CHICKEN(以下バンプ)」の曲の中に”ロストマン”という曲がある。
2003年に発売されたバンプの6作目のシングルであり、”ロストマン/sailing day”の両A面シングルの中の1曲。
ロストマンがスローテンポな曲であるのに対し、sailing dayはアップテンポで勢いのある曲である。
どちらかと言うと昔、といっても中学や高校生のときはsailing dayの方が好きでロストマンの方はそこまで好きではなかった。
もちろん、いい曲だとは思ったが歌詞がいまいち頭に入ってこない。
そんな不完全燃焼な感じの曲だった。
しかし、今ではロストマンの方をよく聞くようになった。
なぜならその歌詞が自分の中に入ってくるようになったからだ。
ロストマンはこういうフレーズから始まる。
『状況はどうだい 僕は僕に尋ねる
旅の始まりを 今も 思い出せるかい』
大学受験をして、1度失敗して、考える時間ができて、そしてまだ大学を受験して、その結果大学に行く事になって・・・。
いつからかこの曲の冒頭、『状況はどうだい?』というフレーズが頭に入ってくるようになったのだ。
そして歌詞はこう続く
『選んできた道のりの 正しさを 祈った』
最初はただ、聞き流すだけだった。
歌詞の意味なんて考えもしなかった。
選んできた道のりの正しさを祈るってどういうことか、そんな疑問なんて持つこともなかった。
そして、この前ネットでロストマンの発表前にラジオでこの曲を作詞した藤原が語ったことが書いてあった。
一部、省略しているが
”「ロストマン」は迷子という意味で。
タイトルがついたのも、愛情を込めて親しみを込めてなにか、「君」とかじゃなくて名前を呼んであげたいと思った。
その状態や状況、その呼び方で表現してあげられるような、そういう呼び方をしてあげたい、と思ったんだ。
「ロストマン」ていうのは間違った人じゃなくて正しさを祈ってる人のこと。
数式に答えを書きながら書きながらまだ計算ドリルは終わらなくてみたいな感じで。
これで正しいでしょって思わないと次のページに行けないでしょ。
正しさを祈るっていうのはそういうことだと思う。
正しいと理解するということだと思う。
自分で。答えを見ないでね。だから祈るんだよね。
正しい正しいと祈るんだよね。
「間違った旅路の果てに正しさを祈りながら」っていうフレーズでいちばん俺が描きたかったことは伝えたかったことは、「Yes-No」っていう分岐をいくつもいくつも経験していくじゃないですか人間は。
たとえば、ふたつの箱があります。
かたっぽはからっぽです。かたっぽはあなたの人生の中でもっとも欲しい物が入ってます。
どっちか選んでください。もう究極の選択ですよ。で、からっぽの箱をあけちゃったヤツがいるとする。
そこで正しさを俺は祈りたいなと、思うんですよ。カラだった。当然へこむ。
で、その未来を歩んでいくわけじゃないすか。
で、きっと、それが正しいと祈ることができるんじゃないかと。カラでよかったと。
これから「ロストマン」をきいてくれるであろう人たちに、俺はこれを言わずにはいれないなっていうのがあるんですよ。
自分で正解か間違いかを判断しなきゃいけないってことはものすごい責任なんですよ。
だからもし「ロストマン」を聞いて自分の人生を正しいっていうふうに思える強く思える人がいたのであれば、「ロストマン」て曲に感謝するのではなく、「ロストマン」て曲で、そういう方法論を知って、ものすごいその責任を背負いながら正しいっていうふうに言えた自分のそのタフさ強さにまず感動してほしいなって俺は思うんですよ。
それが「ロストマン」ていう曲が世の中に出回ってすごく意味があるなと思える瞬間なんで。そういうふうにみんな聴いてほしいなと。”
なるほど。
そう思って藤原はこの曲を書いたのか。
そう思ってこの曲を歌っていたのか。
そう考えるといろいろな疑問が解けたような気がした。
sailing dayは勢いのある曲だ。
ロストマンとは全く反対の、自分の道が正しいか祈ることすらしない。
ただ、前を向いて目指す方を向いて、嵐の中だろうと夜が空ける前であろうと構わず船を出す人間の歌だ。
恐らく昔の自分は、中学生、高校生の頃の自分は。
そうありたいと思っていたのかもしれない。そうなりたいと思っていたのかもしれない。
別に何があったって、どんな人生を歩んだって、ただ何かに向かって走って行きたかったのかもしれない。
ただ、年をとるごとにいろんな選択をした。
いろんな分岐路に立って、その中の1つを選んできた。
ということは、その他の選択肢をすべて捨てたということ。
他の可能性にさよならをしたということ。
思わずにはいられないんだ。
今とは別の、まったく別の道を歩んだらどんな未来がまってたのかと。
あのときのあの選択はほんとうに正しかったのかを。
そんな気持ちが芽生えたからこそ、自分にとってロストマンという曲が大きくなっていったんだろう。
多分、これからもいろんな選択をしていかなければいけないんだろう。
たくさんの選択肢の中からたった1つをつかみとり、その他を捨てていかなければいけないんだろう。
でも、例えベストな選択でなかったとしても、自分はその道を信じていきたいと思う。
その道を否定せず、歩いていきたいと思うんだ。
だから、今日も自分自身にたずねてみる。
”状況はどうだい?”
そして胸をはって答えてやる。
”なかなかいい感じじゃないかな? この先はもっとよくなりそうだけどね。”
そうやって生きていくんだ。生きていきたいんだ。
今日はそんな感じ。
とある”曲”の話・・・。
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